令和8年熊本地震。夕暮れの空に思う「当たり前」という、いちばんの贅沢
2026/07/29
7月28日、夕方。

私の住む佐賀市でも、突然、携帯電話から大きな警戒音が鳴り響きました。

反射的に家の外へ飛ぶように出た、その直後――。 横から大地を揺さぶる大きな力が襲ってきました。

まるで、自分が立っている地球そのものが横へと動いているような感覚。立っていることすら難しく、自然の凄まじい力を前に、人間がいかに小さな存在かを突きつけられた瞬間でした。

ようやく揺れが収まり、家の中へ戻ると、大切に育てているメダカの水槽から大量の水がこぼれていました。

再び鳴り響く警戒音。 テレビを点けると、画面には熊本県を震源とする「最大震度7」の文字が躍っていました。

崩落した熊本城の石垣。 寸断された高速道路。 イオンモール熊本周辺の、一変してしまった街の姿。

つい先ほどまで続いていた穏やかな日常が、ほんの一瞬で奪われてしまう。その現実を前に、ただ言葉を失うばかりでした。

どれほど便利な暮らしをしていても、どれほど多くの財産を築いていたとしても。 溢れるほどのモノや富を持っていたとしても、自然が本気で見せる圧倒的な力の前では、人間の力などあまりにも無力です。

だからこそ、いま私の心に強く浮かんできたのは、「今日という一日が、どれほど尊く贅沢なものか」ということでした。

家族とひとつの食卓を囲めること

温かい布団で、安心して眠れること

朝、目を覚まして静かに田んぼへ向かえること

何気ない日常を、変わらず過ごせること

これらは決して「当たり前」ではなく、何物にも代えがたい「奇跡」なのだと気づかされます。

自然を支配するのではなく、「生かされている」ということ

私は40年間、農薬や肥料に頼らない「自然栽培」で米を育ててきました。

毎日土に触れ、風を感じ、雨を受け止め、太陽の光を全身に浴びながら、ずっと自然と対話をしてきました。

自然は私たちに、計り知れないほどの恵みを与えてくれます。 しかし同時に、ときとして人間の想像を遥かに超える、厳しく大きな表情を見せることもあります。

今回の地震を通して、改めて腹の底から感じました。

私たちは自然を支配しているのではない。自然の中で、生かされているのだと。

豊かな食卓も、安心できる暮らしも、すべては自然という大きな循環の恩恵の上に成り立っています。

だからこそ、自然への謙虚な感謝を忘れないこと。 今日という日を慈しみ、丁寧に生きること。 命を育む「食べるもの」を大切にすること。

目に見える豊かさ以上に、そうした一瞬一瞬の営みを慈しむことこそが、私たちが本当に大切にすべきことなのだと思います。

大きな揺れが去ったあと、静かな夕暮れが訪れました。

茜色に染まる空を見上げながら、私はただ静かに胸の中で呟きました。

「今日も、生きている。」

この当たり前のような一言の中に、人生で最高の贅沢と感謝が詰まっているのだと感じています。

被災された皆さまのご無事と、一日も早い復旧を、心よりお祈り申し上げます。

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