捨てられた「幸せ」を、みんなで拾う日|第151回 幸せ拾いの記録
2026/08/17
2026年8月16日。

毎月大切に重ねてきたボランティア活動「幸せ拾い」の151回目の朝を迎えました。

今朝は心地よい曇り空。いつもの厳しい夏の暑さとは異なり、涼しい風がふっと頬を撫でていく、まさに絶好の活動日和でした。

今回も参加してくださった皆さんと一緒に、道路や水路の周辺を歩きながら、ひとつひとつ丁寧にゴミを拾い集めていきます。

ペットボトル、空き缶、ビニール袋……。

街の片隅に放置された、さまざまな生活ゴミ。一見すると、それはただの「不要になったもの」に過ぎません。

けれど、私は作業をしながらいつもこう感じています。

「ゴミと一緒に、大切な幸せも捨てられてしまっているのではないか」と。

誰かが何気なく手放してしまったものを、別の誰かがそっと拾い上げる。その一連の光景を目にするたび、胸の奥がじんわりと温かくなります。

捨てた人にとっては価値のなくなったものかもしれません。けれど、それを拾う人の心には、確かな思いやりが宿っています。

「この場所を少しでもきれいにしたい」

「次にここを通る人が、心地よく歩けるように」

その小さな優しさがめぐり巡って、また誰かの心を温めていく。私は、この温かな循環こそが、目に見える形をした「幸せ」なのだと思うのです。

知らず知らずのうちに、幸せを手放していませんか?

私たちは現代社会の中で、つい「目に見える所有」によって豊かさを測ってしまいがちです。

洗練された高価な車や邸宅

手の込んだ美しい料理や質の高い品々

不自由のない資産や自由になるお金

もちろん、これらも人生に彩りと快適さを与えてくれる素晴らしい存在です。しかし、本当の意味での「本質的な豊かさ」は、きっとそれだけではありません。

誰かのために、惜しみなく時間を使えること

豊かな自然の美しさに心を寄せられること

自分の住む地域や環境を慈しむこと

人からの「ありがとう」を受け取り、心から感謝すること

1日の終わりに「今日も良い一日だった」と穏やかに微笑めること

こうした目に見えない心の資産こそ、時代が移り変わっても決して色あせない、人生の本当の財産ではないでしょうか。

お金を払えば手に入るものは世の中に溢れています。けれど、人との心のつながり、自然が魅せる一瞬の美しさ、仲間と共に汗を流す誇らしい時間は、どんな富をもってしても買うことはできません。

だからこそ、私はこの「幸せ拾い」という営みを一歩ずつ続けています。

美しい地球を汚してしまうのも、また人間だから

少しだけ、本質的な問いかけをさせてください。

この美しい地球の環境を汚してしまうのは、私たち人間だけです。

豊かな森も、清らかな川も、実り豊かな田んぼも、自らゴミを生み出して捨てることはありません。人間が利便性や豊かさを追い求めて生み出し、役目を終えたものを自然の中へ残してしまうのです。

だからこそ、人間が損ねてしまった美しさは、私たち人間の手で少しずつ取り戻していく。それこそが、今を生きる私たちにできる、最も誠実な恩返しなのだと感じています。

今日という日に、拾い集めたもの

本日、時間を割いて一緒に汗を流してくださった皆さま、本当にありがとうございました。

ひとりの力は小さくても、想いを同じくする仲間が集まれば、目の前の景色は確実に変わっていきます。

街からゴミが消え、道が美しく整い、自然が本来持っている清々しい表情が戻ってくる。そして何より、「誰かのために行動できた」という自分自身の心が、より深く豊かに満たされていきます。

捨てられていたのは、目に見える廃棄物だけではありません。

そこには、私たちが忙しい日々の中で見落としがちだった「思いやり」「感謝」「自然を尊ぶ心」が、静かに落ちていたのだと思います。

今日もみんなで、そのかけがえのない価値を拾い集めることができました。

本当の富とは、持っているものを増やすことだけではなく、周りの人や美しい自然へと「幸せを分かち合える心のゆとり」なのかもしれません。

次回もまた、清々しい風の中で、みんなで幸せを拾いに行きましょう。

温かな気持ちでご協力いただいたすべての皆さまに、心より感謝申し上げます。

ありがとうございました。

YouTube動画:幸せ拾い151

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