現在の多くのお茶園は、四角くく角ばって(私は「角刈り」と呼んでいます笑)います。これは、お茶園を効率的に運営できるように、「機械にお茶園を合わせて」いるからです。それも経済的には当然といえば当然のことだと思います。
しかしながら藤迫茶農園のお茶園は、写真から見れると思いますが、茶園を形成するすべての自然的な事象をできるだけ人や機械に合わせることの無いように、雑草すべても茶樹を含めすべて自然であるという考えのもと、雑草の除去についてもある基準があります。
私たちのお茶園を見に来たお茶事業者の方々の多くは「もっと綺麗に管理したほうが良いよ」とおっしゃいます。カズラを含め雑草が跋扈し、中には枯れた茶樹もあり、有機JASで使用が許されている農薬があるのだから使用しても問題ないわけで、枯れた茶樹は植え替えれば良い(※藤迫茶農園のある相良村では、茶樹植え替えに補助金が出ます。しかも全額補助されます)。というある意味通常では当たり前の考えなわけで、私たちの考えと実施が通常では無いのだと思います笑。
(※この茶園を見られて「グレイト!」「ワンダフル!」「パーフェクト!」と絶賛してくれたのは、2014年からお取引していただいているドイツ企業の皆さんでした)。
藤迫茶農園のある基準というのは、草取りは基本的に、お茶を摘む時とお茶園の管理が必要な時以外は行わないという事です。
お茶園で生産されるお茶は自然環境とできるだけ自然に同化し、その中で共存して生きることができるのか、それとも寿命を全うして(あるいは雑草に遮光されて)枯れてしまうのか、それすべてを自然に任せています。
そんな環境の中でも1946年の作付けから2020年の今まで一度も植え替えることなく生きている(※通常作付けから約15年で植え替えるのが通例のようです)という事はつまり、お茶自体が生命力が高いこともそうですが、自然環境というのはそれだけ人知を超えるところにあるのではないかと思います。
大型の機械導入やそれに伴う角刈り茶園、雑草を排除する除草剤の散布、その除草剤に耐性がある種苗の開発、流通を加速させる美味しいお茶を作ることができる化成肥料の過剰投与、生産性や味、含まれる有効成分を追求した種苗開発などは、時代の流れや資本という考えのもとでは正義かもしれません。しかし、自然環境には資本という概念は存在しません。あくまで、人間が自然へ投与している概念であり虫や草やモグラたちには全く関係のないことです。ある意味排除される可能性が否定できないという事では彼らにとってはマイナスでしょう。
藤迫茶農園では、カマキリやクモなどの虫、モグラやミミズ、雑草など多くの自然を茶園という小宇宙を形成するパズルのピースみたいなものだとメンバー皆が認識しています(パズルはその1ピースどれがかけても作り上げることはできません)。
それは、茶園を継続する上で重要となる資本(売上・利益・人)という概念が存在する現代にいて、本当に歯がゆいパラドクスだと思っています(実は、フランスやドイツなどオーガニック先進国では、オーガニック推進を国をあげて行っているので、オーガニック普及に携わる方々へは大変手厚い社会保障(所得補償や技術支援など)が享受されます)。
さて、写真は跋扈している茶園のカズラとり風景です。盛り上がっている土の下にはきっとモグラがたくさんいることでしょう。モグラは土中にいるミミズを食べながら進むそうなので、きっとミミズもたくさんいることでしょう。茶樹の下からは、新しい芽が出てきています。カマキリがたまごを生んでいました。来年にはまたこのカマキリの子供たちから攻撃を受けることでしょう笑。
そんな中で藤迫茶農園のお茶は生産されています。もっと多くの農園が、オーガニックになってもらい、この世界の子どもたちが選ばなくても安全な食にありつける世の中になってほしいと思っています。
375 さま
現地の撮影の時、「これブログに載せても大丈夫??びっくりされない??」という声もありました・・・。
でもこれが事実ですし、自然に管理するとは皆さんどんなものか想像できないので載せようということになりました。
それに比べ慣行農業のお茶園はどこもきれいです。
ある有名な慣行農業の山奥に位置しているお茶園は、観光も兼ねているので自然に生えている茶樹(角刈りに選定されていない自然な樹)を描いているのですが、そのすぐ傍に「硝酸態窒素(いわゆる「硫安」)」の袋が山積みになっていました。
生産者の方に聞きましたが、「美味しい玉露作るのに硫安なしで作れるわけがない」と言って、特にその袋を隠すでもなかったので、きっと硝酸態窒素が血液や臓器にどのように影響するのか、お茶が「飲む農薬」と言われていることなどきっと興味も無いでしょうし、知らないのだと思います。
時代が進み、日本のお茶が嗜好品かつ安全で健康な農産物として存在する社会になってほしいです。
『載せて大丈夫?』ってお話になったんですね。でもおっしゃるように見ないと本当に分からないです。『お茶農園イコール角刈りの整然とした緑』だという固定概念は、百聞は一見に如かずで吹き飛ばしてもらわないと(笑)
自然栽培チックな農園も慣行農業だとは。。そういうところですら窒素袋を隠さないということは、常識を通り越して当たり前になっているんですね。でも私も藤迫さんに教えていただくまで、玉露と硝酸態窒素の関係を知りませんでした。硫安という言葉も初めて聞きました。きっと昔は化学肥料がなかったから、『お茶はおいしいし、体にもいいよ』という感じだったのかな。お茶は昔に戻ってほしいです😅
『自然との共存』は実現は大変だろうなあと思います。効率化を良しとする世の中、資本主義のなかでは尚更。ブログにもあるようにオーガニック先進国ではオーガニックに携わる人へは手厚い保障があるとのこと。そうなればオーガニックに携わる人が増えて、消費者のオーガニックに対する関心も高まるのでしょう。
作業がとても大変そうですが、藤迫農園の様子が伝わって来る写真たちですね😃私はこのような畑を見ていると心が和みます。人も自然の一部なんだと思えるからかな。
烏龍茶を飲みながらこのブログを見て、気持ちも体も暖まりました😉