

水なす発祥の地とされる貝塚市澤地区で55年以上も前から泉州水なす栽培をしてきた祖父。そこから中出農園の3代目として、天候、肥料、水分の加減、土質など畑の管理を徹底的に実践。祖父が築いてくれた大切な栽培方法、管理をしっかりと継承した上で、よりよい泉州水なすを実らせることができるように日々努力しています。
水なす発祥の地とされる貝塚市澤地区で55年以上も前から泉州水なす栽培をしてきた祖父。そこから中出農園の3代目として、天候、肥料、水分の加減、土質など畑の管理を徹底的に実践。祖父が築いてくれた大切な栽培方法、管理をしっかりと継承した上で、よりよい泉州水なすを実らせることができるように日々努力しています。
「貝塚市で初めて水なすを作ったのは、うちのじいちゃんなんです」。今から約55年前、中出農園の創業者である祖父が貝塚市で水なすの栽培・出荷を開始しました。貝塚市澤地区で栽培されていた「澤なす」は、水なすの原種の一つ。祖父が当時から自家採種しており、中出農園の水なすはそのタネを受け継いでます。
年に2回、土壌分析を行う。重要な生産管理のひとつ。ハウスごとに土壌をチェックし、土の状態に合わせて肥料や栽培を調整します。以前、水なすの調子が悪くなったことがありました。分析の結果、原因はカルシウム不足と判明。肥料会社のスタッフともよく連携して今は対応してます。
収穫は朝の4時半から、ピーク時は3時半から開始。日が昇り、光が当たるとすぐに成長してしまうのが水なすです。収穫してからも成長する。ヘタと実の境目が白くなっている部分は、水なすが成長した印です。
タネの自家採取、生産から加工まで、徹底管理しています。
「中出農園」3代目の中出庸介です。高校時代、大阪桐蔭高校野球部に所属し、そのまま大学へ進学しました。ですが、水なすの収穫時期に毎朝早起きをして頑張る両親の姿に「自分が助けてあげたい」と思い、大学を2年で辞め家業を引き継ぎました。改めてこんなに大変な仕事だったのかと痛感しておりますが、それ以上にやりがいも大きいです。これからは「百せ ~中出農園~」として母と一緒にオリジナルピクルスも販売して行く予定です。ぜひご期待ください。