幼いころの夢は料理人でした
幼い頃の将来の夢は料理人になることでした。
成長するにつれ、"食"というものの根源的なところを問い詰めていくよになり、農業に魅力を感じました。
人間が生きていくために必要な食料生産の根源だと考えたからです。
また、生まれ育った田舎が衰退し続けてることも感じていました。
平地にはまだまだ少ないですが、山間部の集落から遠い場所には耕作放棄地が年々、増えています。
そういう光景を目の当たりにするとなんとも言えない寂しい気持ちになります。
『少しでも生まれ育った徳島県の、美波町の力になれたら』という思いで中学生の頃に農業を志ました。大学も農業系に通い、大学を飛び出した後、とくしま有機農業サポートセンターという有機農業技術者を育成する学校に通い、現在に至ります。
台風がよく来ますが、いい「立地」です。
農園は山間部に立地しているため空気が澄んで、夜空は美しい星が輝いています。
また、上流に位置するため、綺麗な水で農産物が育ちます。
うまみは厳しい環境ほど増大すると言われ、寒暖差が10度ある農作物は旨味が倍増。
年間の降水量は3000mlと日本でもトップクラスの降水量ですが、年間の晴れの日もトップクラスです。
冬場は暖かくて過ごしやすいです。
雪はほとんど積もりません。降ったとしても5cmぐらいですね。
また、大阪圏から近いこともあり、観光客も多い町です。
今後の夢と野望
今後の夢として、林業も畜産業も漁業も全部やってみたいと思っています。現状は中々、各分野、農協や森林組合や漁協などの縦割り行政なため、あまり交流が少ないですので大変むずかしいかもしれません。しかし、どうでしょう。昔の日本人は農業を牛馬に田畑を耕せてもらいつつ、豚には残飯をやり、鶏卵も間では作っていました。なぜか今は専門的にやっていますが、それらを複合的にやることでお客さんの負担が少なくなる可能性があると思っています。
今、巷では食品ロスが話題ですが、食品ロスは農業の現場においても発生しています。それらは田んぼに戻すことぐらいしか使い道がありません。規格外だから、市場価格が安いからといって、食べられるのに土にいきなり戻すのはもったいないなぁと感じていました。しかし、どうでしょう。この捨てられていた野菜や魚や動物たちの死んだ後の姿の一部を再循環させてみるとどうなるでしょう。今は魚価が高いですが、養殖の場合はとにかくエサ代が高いのです。最悪逆ざやと呼ばれる売価よりもコストが高いことまで起こっています。そこまで質重視の魚が消費者のみなさんほしいのでしょうか?現実はNOです。高すぎるから魚を食べたくても高い魚はそこまで消費されていないのが現実ではないでしょうか?このようにして、色々やってみると、販売価格を抑えられて強くはないけど負けない一次産業ができるんじゃないかなぁと夢見ています。
また、美波町では紅茶栽培をかつてやっていました。日和佐紅茶というブランドです。紅茶の木を見つけたのでそこから栽培してみたいと思っています。応援していただける方はぜひ商品を買っていただけたいです。今の所若干高めに値段設定していますが、商品のラインナップを増やすと思ってご協力よろしくおねがいします。
「生き物」へのこだわり
私は、とくしま有機農業サポートセンター出身です。そのため、基本的には有機農業の勉強しかしていません。そのため、栽培方法としては基本的には化学肥料は使わない方針で土壌分析に基づいた施肥設計を行うことで、味もよく健康で栄養価の高い野菜を作ることを心がけています。。しかし、数年やるうちに、有機農業では規模拡大の限界を感じつつあります。まず草の管理が除草剤を使わないと、畑中草だらけになってしまいます。それからいくらBLOF理論で育てたとはいえ、虫はどうしても発生します。それらを防ぐには今の労働力では多少厳しい面もあります。という訳で、基本的には環境を保護できるような農業(とくしま生物多様性活動認証の取得を目指し)を日々頑張っています。環境の負担は少なく、経済的にもなりたつ。なおかつ食べてくれる方も嬉しい。そんな農業を目指しています。